セミナーのお知らせ
演題: マイクロRNAとがん研究
講演者: 安田 純
(東北大学・COEフェロー/がん研究所細胞生物部)
抄録:
miRNAは19-22塩基の短鎖RNAであり、進化的に保存されている遺伝子発現抑制因子である。その5’側2~8塩基までの”seed“配列によって標的メッセンジャーRNAが認識され、RNAの分解とタンパク質の翻訳抑制が起こるといわれている。ひとつのmiRNAに対し、場合によっては100を超える標的メッセンジャーRNAが存在する。miRNAは後生生物の細胞分化、組織構築の重要な調節因子であり、発がん過程においても重要な機能をもつ。miRNAは通常RNAポリメラーゼIIによって転写され、ヒトゲノム中には1000を超えるmiRNAがコードされている。miRNAの成熟過程であるが、核内でDrosha-DGCR8複合体によってヘアピン構造の前駆体(pre-miRNA)として切り出される。さらにpremiRNAがExportin-5によって媒介されて核外に移行し、Dicerによって細胞質内で切断され、成熟miRNAとなる。成熟miRNAはArgonautタンパク質を主要な構成成分とするRNA induced silencing complex (RISC)に取り込まれ、標的メッセンジャーRNAの発現を抑制する。その分子機構は現在も議論があるが、古典的な翻訳抑制よりもmRNAの分解亢進がその主たる機能であることを支持する報告が増加している。がん細胞では、miR-17~92クラスターやmiR-21などOncomirに加えて、p53がん抑制遺伝子の下流で機能するとされるmiR-34ファミリーなどの多数の腫瘍抑制的miRNAが報告されている。実際miR-21はリンパ腫において古典的ながん遺伝子として機能しており、がん研究の重要な標的として確立したものと考えられる。がん細胞ではmiRNAの前駆体が核内に蓄積する一方、その増殖にはDicer などのmiRNAの機能発現に必須であることが示されており、miRNA 成熟機構はいわゆるハプロ不全*を示すがん抑制機構であると考えられる。miRNAへのシグナルが判明したことで、これまで議論の多かったTGF-βシグナルの発がんへの促進的関与の分子メカニズムが明らかとされるなど、これまでのがん研究におけるパラダイムシフトが進行している。今回はmiRNAのがん研究における現況を概説しつつ、現在田口教授との間で進行している共同研究sについて生命科学者の観点から何を目指しているのかについても紹介したい。
*ハプロ不全(Haploinsufficiency)姉妹染色体同士のうち一方に変異が起った結果、作られるタンパク質の量が不足するために健全な残り一方の染色体だけではまかないきれず機能不全を示す現象。
連絡先: 中央大学理工学部物理学科 田口善弘 tag@granular.com