2010年度第2回物理学科談話会
2010年度第2回物理学科談話会
講演者: 沙川 貴大 (東京大学 理学部・物理学科)
題 目: 情報処理の熱力学とJarzynski等式
概要: 熱力学第二法則は,フィードバック制御や情報処理を行うプロセスには,そのままでは適用できないことが知られています.このことは,すでに19世紀に「Maxwellのデーモンのパラドックス」として指摘され,熱力学・統計力学の基礎にかかわる問題として,多くの物理学者によって議論されてきました.たとえば,1929年にSzilardが提案した「Szilardエンジン」によると,一分子熱機関に対して測定を行って1ビットの情報を得て,それを用いたフィードバックを行うと,通常の熱力学の限界よりも 多くの熱力学的仕事(エネルギー)が取り出せます.しかし,熱力学と情報処理・制御の関係について,一般的な状況に適用できる体系的な理論はありませんでした.
我々は,フィードバック制御や情報処理のプロセスに適用できる形に,熱力学第二法則を拡張し,それに統計力学的な基礎付けを与えることに成功しました.その結果,様々な情報処理プロセスに必要なエネルギーコスト(仕事)の,原理的限界が明らかになりました.たとえば,フィードバック制御を行う「Maxwellのデーモン」が,(一見すると)第二法則を超えてどれだけ仕事を取り出せるのかの限界が,デーモンが得た相互情報量で決まることを明らかにしました.
これらの拡張された第二法則においては,仕事 W や自由エネルギー F などの熱力学変数が,相互情報量 I やShannon情報量 H などの情報量と,対等に扱われる形になっています.したがって,この拡張第二法則は「情報熱力学の第二法則」と呼びうるものになっています.また,この結果は,量子と古典の両方の領域に適用できる一般的なものです(量子効果は,自由エネルギーや相互情報量の具体的な表式の中に現れます).
さらに我々は,古典非平衡ダイナミクスにおいて,測定で得た相互情報量やフィードバックの効率を含むような形に,Jarzynski等式を一般化しました.さらにそのキュムラント展開から,情報を含む形に一般化された揺動散逸定理を導くことに成功しました.また,中央大学・宗行研究室における実験により,サブミクロンスケールのコロイド粒子に対するフィードバック制御を行うことで,第二法則が課す限界よりも多くの仕事を取り出す「情報熱機関」実験に,世界で初めて成功しました.この実験についても議論する予定です.
問い合わせ先:中大・理工・物理
宗行 英朗
TEL: (03) 3817-1679, E-mail: emuneyuk@phys.chuo-u.ac.jp
鳥谷部 祥一
TEL: (03) 3817-1770, E-mail: toyabe@phys.chuo-u.ac.jp