外国人研究者講演等実施報告(フランス語文学文化専攻)
外国人研究者による講演等を行いましたので、報告いたします。
(文学部教授 永見文雄受入れ)
【研究者氏名】
BERTHIER, Philippe (ベルティエ、フィリップ)
【所属機関】
Universite ParisⅢ, Sorbonne nouvelle
(パリ第三大学ソルボンヌ・ヌーヴェル)
【職名】
Professeur (教授)
1.公開講演会
【実施日】 5月23日(土)
【テーマ】 スタール夫人『コリンヌ』と崇高
【参加人数】 150名
【講演の概要】
スタール夫人の『コリンヌ』はさまざまに性格付けることが可能な書物であろう
が、その明瞭な性格のひとつはこの作品が「崇高」を主題としていることである。
『コリンヌ』は「崇高」の定義、「崇高」の表れ、そして「崇高」が可能になり、
「崇高」が存続するための条件を述べた書物なのである。
『コリンヌ』の舞台であるイタリアは「崇高」が自明のものとして存在している国
であり、民衆に至るまでが芸術を称える術を知っている国である。その国に
おいて精神的エネルギーの炎を湛えつつ崇高を具現しているのが主人公の
コリンヌである。スタール夫人の小説は一国民全体が至高の価値として称える
崇高の勝利を、そしてコリンヌに具現された崇高がヨーロッパの趨勢の赴く
ところ犠牲にされ追放を被る様を描き出す。清教徒的桎梏にとらえられた
イギリスも、表面的な社交精神を誇るフランスも、コリンヌを正しく評価し活かす
ことはできない。19世紀初頭のヨーロッパにおいて、近代化を進める諸国に
おいては崇高にはもはや生きるべき場所はなく、崇高は送れた国に見られる
古風な地方風俗でしかないように見える。
2.公開講演会
【実施日】 5月26日(火)
【テーマ】 スタンダール、歴史、小説
【参加人数】 70名
【講演の概要】
革命期、ナポレオン時代と歴史が沸騰する時代に少年時代、青年期を送った
スタンダールは、40歳を過ぎて小説家となった際に、自分が生きてきた時代が
歴史が途轍もない巨歩を進めた時代であったのに、ナポレオン失脚後の時代
が、歴史が停滞した時期であることを痛感せざるを得なかった。しかしスタン
ダールは自分という人間を作り上げているのは、やはり歴史であることを痛感
せざるを得なかった。そのようなスタンダールは幾度かにわたって歴史の書物
を書こうとした形跡があり、またフランスにおいて彼と同時代の歴史家たちの
仕事に、自分が共感できるものを感じていた。そして歴史の何ものにも代えられ
ない手触りを求めて、彼は回想録の類を渉猟した。さらに彼と同時代のスコット
ランド作家であるウォルター・スコットがイギリスの中世を見事に小説化したこと
に強い関心を抱いていた。スタンダールが目指していたのはフランスの歴史
記述を「スコット化」しようということであったが、さらにこのような歴史の小説化
に適した素材としてスタンダールの注目を集めたのはイタリアの中世であった。
当時無名の評論家に過ぎなかったスタンダールはスコットにわざわざ手紙を
書き、イタリア中世を素材に小説を書くよう勧めさえしていたのである。しかし、
スタンダールは自身、イタリア中世を素材にして本格的な歴史小説を書くには
至らなかった。スタンダールが歴史を小説化することに成功したのは、逆説的
にも自分の同時代のフランスを素材とすることによってであった。彼の処女小
説『アルマンス』の副題は「1827年のパリのあるサロンのいくつかの情景」
であり、『赤と黒』の副題は「一八三〇年年代記」である。スタンダールの、
小説に政治すなわち歴史を持ち込むのは音楽会のさ中にピストルを発射する
ようなものだという有名な言葉にもかかわらず、スタンダールという小説家に
とっては、歴史は小説にとって欠かせぬものであり、彼の小説はその全体を
あげて、同時代の政治=歴史について語り続けている。
以 上