理工学部教授・加賀野井秀一著書『「うるさい日本」を哲学する - 偏食哲学者と美食哲学者の対話』(講談社)が出版されました。
理工学部教授・加賀野井秀一(フランス語、メディア論、哲学専攻)と中島義道氏(電気通信大学教授)の共著『「うるさい日本」を哲学する - 偏食哲学者と美食哲学者の対話』(講談社)が出版されました。
「騒音問題から文化論・哲学へ」
皆さんは、電車の駅や車内でのアナウンスを、過剰であると思ったことはありませんか。自治体の防災無線が流す「よい子のみなさん、お家に帰りましょう」とか「子どもたちの下校の時間ですので、皆で見守りましょう」とかいった放送を、いらぬおせっかい、もしくは、ソフトな管理だと思ったことはありませんか。
おそらく、ないでしょうね。私たちは生まれついてこのかた、わが「美しい国」になじんでいますので、ここで行なわれていることの特殊性には気づかない。あたりまえのことですが、日本をよく見るためには、日本を離れてみるのが一番です。中島さんも、私も、ウィーンやパリで、かなり根無し草(デラシネ)の生活をおくってきましたので、その意味では、祖国の姿がわりあいよく見えるように思われます。でも、そうなると、かなり苦しいことも起こってきます。日本的「和」の世界に安住していられなくなるのです。
おかげで、鉄道会社や区役所・市役所に文句を言いに行ったり、あるいは、電車のなかで傍若無人にウォークマンのシャカシャカ音を流している連中と一戦を交えたり、果ては、車内で化粧している女性を叱ったり・・・二人とも「在日日本人」になってしまって、随所で波風を立ててしまいます。
ところが、そうしてみると、かえってそのレスポンスによって、日本や日本人というものがますますよく見えてくるようになるのです。この本では、そんな波瀾の一部始終をおたがいに披露し、そこから次第に文化論へと移行することを目指しました。そしてさらに、二人のドイツ的・フランス的な思考法のちがいを介して、ついには文化そのものの哲学的な根拠にまで達しようと試みてみたのです。成功しているかどうかは、実際にご覧になってのお楽しみ。(本人談)